【ゲーム批評祭 参加作】 Celeste – 私がアクションゲームを登山と錯覚した瞬間投稿者

Celeste

こんばんは、プラタです

ゲーマー日日新聞で有名なJ1N1氏企画「ゲーム批評祭」に参加していました。

残念ながら落選しましたが、企画が終了次第自由に掲載してOKということなのでここに掲載致します

本企画では私がめちゃくちゃ大好きなインディーゲーム「Celeste」の批評を投稿しました
以下、寄稿した批評の本文です

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批評本文

『私がアクションゲームを登山と錯覚した瞬間』

みなさん、「Celeste」(セレステ)というゲームをご存知だろうか?

2018年に発売した傑作インディーアクションゲームだ。数々の賞を受賞した作品なのでインディーゲーム好きなら知っている人は多いだろう。

本稿ではCelesteの魅力を私の初プレイ体験を交えつつ存分に語っていこうという考えで執筆した。拙い文章ではあるがご一読いただきたい。

プレイし始めて

数ヶ月ほど前、私はひょんな機会からこのゲームをプレイすることにした。第一印象は取っ付き易いゲームだと感じた。トゲや障害物が巧妙に配置されたステージをジャンプや壁キックを駆使してゴールを目指してただ先に進んでいくだけというシンプルなゲームコンセプトとファミコンやゲームボーイを連想させる8bit風のグラフィックとサウンドにどこか懐かしさを感じ、初めてやるゲームでありながらもすいすいとゲームの中に入っていくことができた。

なるほど、さすが傑作と言われるだけのことはある。アクションは非常に難しく、何度も死んではリトライしてを繰り返す死に覚えゲーチックであるものの、親しみやすいゲームだな。と感じ、私はそのままトゲや障害物だらけのステージを先へ先へと進んでいった。

中盤に差し掛かり

ゲームが中盤に差し掛かっていくにつれて、ストーリーが徐々に明らかになっていった。どうやら主人公のマデレンはある種の心の病を抱えており、自分と向き合い克服するために物語の舞台であるセレステ山を登っているらしい。そしてセレステ山に宿る不思議な力の影響でマデレンの内に抱えている闇がもう一人の自分として実体化し「おまえにはこの山は登れない」「初めから頂上に行くなんて無理だったのだ」と語りかけてくる。

おそらくストーリーの肝はマデレンがどのようにして自身の心の闇を乗り越えるのかという点に置かれているのだろうなと思いつつ、私は序盤よりも更に険しくなったステージを何度も死んではリトライしてを繰り返しながら進んでゆく。

アクションゲームは登山であった

さて、ゲームの終盤になってくると自身の心の闇に苦悩しながらも頂上を求めて登山を続行するマデレンと、よりいっそう厳しくなったステージを死に覚えながら進んでゆく私がリンクしていくような不思議な感覚に襲われた。これはストーリー展開とリンクするように配置されたトゲやトラップが為せる業なのか、グラフィックやサウンド面での演出の為せる業なのかは分からない。

第三者の視点で、ゲームを俯瞰するようにプレイしていたはずの自分が、いつの間にやらまるでセレステ山を登るマデレンその人であるかのような錯覚を覚え始めた。

ラストステージ直前になり、遂に心の闇を克服したマデレンは文字通り自身の全ての力を振り絞って頂上へのラストスパートに入る。

この辺りで私はこれまで感じていた錯覚の正体を知る。「巧妙に配置されたトゲや障害物だらけの難所をこれまで磨いてきたゲーマーとしてのプライドを賭けて、なんとしても乗り越えようとする私」と、「自分を変えるためにセレステ山を登りきろうとするマデレン」の心境は本質的に同じであったのだ。客観的に見て、山を登り切ることも、ゲームをクリアすることもそれ自体には何の意味もない。だが、当の本人にとっては非常に大きな意味を持つ。そこに大きな意味を見出しているからだ。

この瞬間、私にとってアクションゲームを攻略することは登山であったのだと理解した。乗り越えることで新しい景色が見えるかもしれない。違った自分に出会えるかも知れない。そう思えて仕方がなかった。

最後の難所を切り抜け、頂上にたどり着いた時、ゲーム画面には山頂からの美しい景色をただ座って眺めるマデレンという印象的なCGが表示される。

この時、マデレンには景色の他にも今まで生きてきた自分の人生のあれこれが見えていたのだろうが、私には今まで攻略してきたアクションゲームが見えていた。それは、幼少期に遊んだ「スーパードンキーコング」であったり、最近クリアした「ゼルダの伝説ブレスオブザワイルド」であったりと様々だ。だが全て個人的に思い出の深いゲームであった。

Celesteが教えてくれたこと

今まで、数多くのアクションゲームをプレイし、クリアしていった自分だが、なぜ自分がアクションゲームが好きなのか、なぜクリアしたいと思うのか、そんなことをあまり考えたことはなかった。

Celesteはそんな私に教えてくれた。アクションゲームをプレイすることとは登山することと同義なのだと。「そこに山があるから」登るのであり、「そこに難所があるから」攻略するのだと。登ってきた山の数々が登山家にとっての自信となって自分を支える柱となるように、攻略したゲームの数々がゲーマーにとっての自信となって自分を支える柱となるのだと。

すでにこのことに気づいているゲーマーたちにとっては私の経験は取るに足らないものかも知れない。だが、そうでない人達には、是非ともCelesteをプレイして感じ取って欲しい。セレステ山での体験は、いかなるプレイヤーにも相応の意味を与えてくれるだろうから。

ゲームタイトル:「Celeste」(PC,Switch,PS4他)(2018年発売)

執筆者:プラタ(Twitter:@PlataSmash)

批評ここまで、ここからあとがき

以上が私が寄稿した批評です。
あまり文章力のない身ではありますが、正直な気持ちで書き綴りました

企画の詳細は以下に掲載しています
入賞作品はどれもクレイジーだったり正統派だったりで面白いので題材になってるゲームを知らない人でも楽しめます

また次があれば、参加するつもりです。

それでは今回はこの辺で、すべてのゲームに愛をこめて。

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